vol.8 古文書から見える近世のすがた
私は学生のときに、江戸時代の古文書をデータベース化し、それを活用する研究をしました。研究のフィールドが秋田であったので、秋田藩政史研究においてよく利用される『秋田藩町触集』を、様々な項目から検索できるデータベースを作りました。『秋田藩町触集』は約100年間の藩の領内支配に関する文書で、年貢に関するものや藩の財政、参勤交代に関するものなど、一般的な江戸時代の知識でおおよそ理解できる内容のものが多いです。なかには、「なんでだろう」と疑問に思ってしまう内容や、「へ~」と関心してしまう内容もいくつか見られます。本稿ではそのような内容の「町触」を紹介しようと思います。
一、夜角力停止儀も以前仰被仰渡候へ共、近来所々有之由、右場所
江者怪敷ものも入交候様相聞得候間、前々より被申渡候通、下々江
急度可被申渡候
まず最初に紹介する上の史料は、「夜相撲の禁止」についてです。これは、夜に道端で相撲を取ることを禁止したもので、夏に出されていました。近所への迷惑というよりも治安の面からこれを禁止していたようです。この他にも夜遊びに関するものが出されていて、夜中に街道で集会することを禁止したものや、花火を禁止するものもありました。「この時代からこういう問題があったんだなぁ」と思わず関心してしまいました。
覚
一、 脇指 長壱尺四寸位
但、 無銘
一、 柄 黒糸
一、 鮫 はぬい
一、 目貫 二疋亀
一、 縁頭 鉄
一、 切羽 金焼付
一、 金焼付
一、 鉄丸鍔 すかし
一、 鞘 黒塗 小たゝき
一、 下ヶ緒 茶糸
一、 柄袋 鍔掛り
右之脇刺当十三日暮頃、御会所脇に而川口喜藤治下人拾取候段訴申出
候、 依是下々之もの紛失又者取落候もの於有之者可被返下候間、当
晦日切御評定所へ可被申渡候、
右之趣、 壱町并支配有之面々者其方江茂可被申渡候、 已上
次は、落とし物に関する史料です。『秋田藩町触集』には落とし物についてのお触れが多くあり、落とし物として一番多く届けられていたのは脇差でした。脇差は、武士が腰にさした短い刀で、商人や農民も護身用として持っていました。明和7年(1770)から明治2年(1869)までの約100年間に68本の脇差が落とし物として届けられ、そのうち49本はお城の近辺で落とされたものです。お城の近辺で落とされた脇差は、拾い主や拾われた場所から考えて、その大半は武士身分の人が落としたものと考えられます。刀は武士の魂であるにもかかわらず、なぜそれを落としてしまうのかはわかりませんが、とても不思議なことです。
以上の二つを本稿では紹介させてもらいましたが、この他には、城内でのたばこの禁止など現代でもありそうな問題を禁止した内容や、現在よく言われている「江戸時代はリサイクル社会」という説を否定するようなゴミの不法投棄を禁止する内容のお触れもありました。地方史には、教科書に書いてある江戸時代のすがたとは違うところがあり、おもしろいことがたくさんあります。興味がある方は、図書館などにある県史や市町村史を読んでみてはいかがでしょうか。
筑西市在住 匿名
参考:美の国あきたねっと に 「町触控」(秋田藩町触集) を紹介したページがありました。(by ちくナビ!)
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